夜の学校というのは、はじめてだ。
小学校の時に星空教室というのがあった。みんなで学校に集まって、星の観測をした。
中学の時には、空手の合宿で泊まったりもした。
だが、唐渓に編入してからは初めてだ。
まず、その明るさに驚いた。
まるで洒落た駅前を歩いているかのようだ。
校門にはオレンジのライトが控えめに、だがしっかりと照らされており、訪れる者を監視している。校舎も、一階の教室には薄暗くだが明かりがついている。
どちらも防犯だろう。今のご時勢、これが当たり前のなのかもしれない。警備員も雇っていると聞いた。
視線を巡らせて、校舎に半ば隠れる体育館へ目を向ける。どうやらそちらは真っ暗のようだ。
期待は外れたらしい。
まぁ 確証もなかったしな。
バスケ部員は再びサボリ気味らしい。練習に勤しむ生徒など、所詮は蔦くらいのものだろう。だったらワザワザ体育館を借りるよりも、公園などのコートで十分だ。
少し考えれば、わかるコトなのにな。
大して落胆も感じない。ここにくるまでに少し走った。それだけでも、少しスッキリした。
今日で連続何日目の熱帯夜だったか。首を汗が流れる。
それを無造作に片手で拭い、あっさり引き返そうと踵を返す。壁とフェンスで囲まれた学校の敷地を回るように、角を曲がったところで、足を止めた。
ワリと明るい周囲の中で、少しだけ影になった場所。数少ないそんな場所に、人影が揺れる。
不審者?
探るように近づく。どうやらこちらには気付いていないようだ。人影はしばらくその場で思案しているようだったが、やがてフェンスをよじ登る。
あまり身軽ではない身のこなしで不器用に登り、敷地内へと身を投げた。そうして、そのまま身を低くして校舎へと向かう。
校庭を照らすいくつかのライト。その光の筋に一瞬、人影。
――――――っ!
聡は、躊躇わなかった。
予想はしていた。
頭のどこかでわかってはいた。あまりに無計画な行動だったと思う。
美鶴は、地面に腰を下ろして項垂れた。
休みの夜に忍び込む。
我ながら、無謀だと呆れる。
一晩中校庭を照らすオレンジの明かり。警備員を雇い、定刻おきに見回りをさせる防犯体制。
美鶴には、針金で鍵を外すような初歩的なテクニックもない。
――――― 忍び込めるワケがない。
校舎は二つ。一年生と二年生の教室があるのは北校舎。だが今、美鶴が背をもたれさせているのは、もう一つの南校舎。その一階に管理室がある。
万が一、窓でも開いていないかと狙ってみた。だが、期待は外れた。
今夜も熱帯夜だ。エアコンを効かせているに違いない。窓など、開いているワケがない。
さらにカーテンもピッチリと閉じられ、中の様子など覗い知ることもできない。
当たり前だよな。
蒸すような暑さが身を包む。ジットリと汗がにじむ。これでは、帰ったらまたシャワーを浴びなければならない。
己の浅はかさにクシャリと前髪を掻きあげた。まだ少し湿った髪の毛から、微かな芳香。
「銀梅花ですね。今年はずいぶんと早いみたいだ」
シャンプーやコンディショナーなどに気を使ったことなどなかった。だいたい、銀梅花の香りのシャンプーなど聞いたこともない。
見つけたのは偶然だった。偶然見つけて、迷わず買ってしまった。
|